選択しないということ

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 例えばここに、苺のショートケーキとチョコレートケーキが1個ずつあったとする。そして二人の人間が居て、そのどちらかを選んで1個ずつ食べようとしている。私がもしケーキを選ぶとしたら、相手にもよるだろうが、おそらくこう言ってしまう。

「わしゃーどっちでもえーけー、先に選びねー」と。
(私はどちらでもいいから、先に選んで下さい)


 相手に気を遣って、「いい人」でありたい、という意識の表れかもしれない。しかし自身ではそういったつもりは全く無く、それで相手が喜ぶのならいいかなぁ、と思っているに過ぎない。自分がどちらがいいかなんて事はあまり考えてない。

 つまり、自分がすることに対してこだわりがないのだと言い換えることができる。「どっちでもいい」そのこだわりの無さを、「相手への思いやり」と無理矢理錯覚させて実行しているのだろう。

 こだわりが行き過ぎればそれは単なるわがままなんだろうけど、なさすぎるのも問題だよね、と

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