「すべてがFになる」の登場人物である、「天才」真賀田四季。彼女の視点からその半生を描く物語、2冊目。今までに読んだどんな物語よりも美しく、どんな伝記よりも恐ろしいものだった。
夏。それは特別な季節でもない。ただ毎年流れていく気温の変化。本作の中ではその気温の変化だけであるはずの「夏」が感じられる。しかしそれは、キャンプをしたり、花火をしたりといった「夏」とは無縁だ。作中には花火や遊園地といった、夏を思い出させるような背景が描かれており、四季自身もそれを楽しんでいるかのようにも見える。
しかし、四季の夏は冷たいもの…そして生暖かく終わるものであった。そこに燃え上がるほどの熱さは存在しなかったのだろう、私にはその気持ちは読み取れなかった。彼女は冷徹という概念すら理解できないというが、彼女のことを冷徹というにも言葉が追いついていないほどだ。おそらく世界中のどんな言葉を使っても、表現をすることは不可能だろう。
「美しい」が一番しっくりくる。
この物語…そして四季は残酷だが、美しい。
実際の季節もまた、時に残酷だが、美しい。